今朝、家のビデオの勝手に自動録画機能で録画されていたNHKの「広がる読書ゼロ」のタイトルを見つけていたところ、偶然会社の社内チャット掲示板にそのタイトルを投稿した社員がいたので読書について書いてみます。ちょっとランダムです。
<ハードディスクとCPU>
パソコンのハードディスクとCPUに無理やり例えてみたことがあります。ここで言うHDは情報が蓄積されているところで、CPUはその情報を処理する能力という意味です。
やたらと本を読みいろんな情報がHDに蓄積されていても、それを生かし切れていない人を見たことがあります。蓄積されていてもその情報を正しい形でアウトプットできなければ蓄積された意味はありません。ここで言うアウトプットの種類は、何かの判断や会話、仕事上のドキュメントなどの形でアウトプットされることもありますし、行動という形になる場合もあります。
読書は、ハードディスクに蓄積すべき読書とCPUを良くするための読書の両方が必要のような気がします。
<チームで機能すればそれで良い>
コンサルティングに限らず組織で仕事をするとき、チームのメンバーにはHD型もいればCPU型もいます。CPU型の人はHD型の人が近くにいれば、良い仕事ができます。CPU型の人は自分で必死に自分のHDを増やさなくてもいいのです。また、そういうチーム編成であれば、HD型の人も生きてきます。仕事の場合は、一人でオールインワンのノートPCにならなくても、外付けHDで十分です。ひどい話というか横着な話ですが、僕はコンサルティング会社にいた時に、沢山HD型がいますので自分で本を読まずに、特定の本を既に読んでいるだろうと思われるHD型を捕まえて、「あの本、簡単に言うと何が書いてあった?」とか「あの本、こういう領域についていは何か書いてあった?」と聞いて、自分が読まずに読んだのと同じ効果(実際は同じ効果はないかもしれませんが)を得てました。
<コンサルタントは2000円ではない>
コンサルタントとして仕事をするときに、本に書いてあるレベル、本に書いてある内容を仕事に生かす(?)人が時々います。本に書いてあることならば、クライアントは2000円で買って読めばいい。そもそもあるテーマでコンサルティングをしているのだから、クライアントさんはそのテーマに関連した本など既に熟読しているはずです。本に書いてあるレベルを超えた価値を提供しなければ、Feeが2000円になってしまう。なので、本を読むとしたら、このレベルを超えなきゃいけない、このレベルならクライアントさんは既に分かっているという観点で本を読むようにすべきです。
<本はワンメッセージだ>
本はワンメッセージだと考えたこともあります。逆に言うとせっかく一冊の本を読んだなら、せめてワンメッセージだけでも自分の中に取り込むようにしなければならない。僕は、読んだだけで自分が変わったり、自分が成長したりすることはなく、読んでワンメッセージを取り込んで、自分の行動や判断、考え方が変わって初めて読んだ意味があるというようなことを考えていました。
<もうバレました?>
もうバレたかもしれませんが、僕の読書量は極端に少ないです。子供の頃から読むことが嫌いで、なぜか「読んで覚えるよりも、自分で何か思いつく奴になりたい」などと考えていたからかもしれません。社会人になって焦って読んだ時期もありました。また、会社を作ってからはHD型の読書はほとんどしていません。逆に自分の考え方を高めたくてCPU型の読書をした時期もありました。
同じ本を何度も読んで、読むたびに日付を入れて線を引くといこともしました。読むたびに同じ行に線を引くことになり、まだ解ってないんだなと反省したり、違う行に線を引きながら、前回はここの重要性に気づかなかったのか、まだ甘いななんて考えながら読んだこともあります。
まあ、読書というと読書”量”の議論になりがちですが、読書の”質”(読書の仕方)の議論もあっていいですよね。
また、それぞれの人の読書スタイルがあっていいと思います。
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